狂牛病(bovine spongiform encephalopathy:BSE)について。

はじめに

医療の歴史は感染症との戦いの歴史と入っても過言ではない。古くは後漢の張仲景の「傷寒論」はチフスの治療法を説いた書であると言われている。抗生剤や化学療法が発達した現在でも担癌、糖尿病、肝硬変症の患者等のcompromised hostに対する感染症の治療は非常に難しいものがある。compromised hostの多様化で以前では考えられなかったような在郷軍人病の如き劇症肺炎を起こす低温細菌(legionella pneumophilia)に因って感染が引き起こされる。日本でも循環式浴槽による感染で有名となった細菌であるが、通常感染ではpontiac fever の様な風邪症状で終わる。

感染症はウイルス、細菌といった微生物により引き起こされる。しかし、クールー等からスローウイルス感染症の概念が出てきて、感染形式が以前考えられていたようなhost-parasite relationship即ち、生きた生物体に生きた寄生体が侵襲し個体維持のために増殖しているような生命と生命との戦いというイメージとは全く異なった様相を呈している。一方生命に関する、恐らくDNAを中心としたcentral dogmaからの発想が常識となっている。即ち、DNAからRNAに情報が流れタンパク質合成への流れが感染形式にも当て嵌めて考えていたのではないかと思われる。

そういった意味でDNA virusは判りやすいが、RNA virusはDNA転写酵素を含むと言うことで納得できる。しかし、今回話題に取り上げた狂牛病の本体であるプリオン(prion)は正常に持っているタンパク質の構造異性体で期待されるべきDNAやRNAの断片すら持っていないと言う。タンパク質が感染を起こすという考え方は残念ながら全くなかったため驚愕している。

プリオン病とは何かを単行本やホームページ等から探ってみた。

 

スローウイルス感染症の概念

感染後、長期間の潜伏期間の後に発症し、神経系症状に限局し、進行性に増悪して死に至る病として、クロイツフェルト・ヤコブ病Creutzfeldt-Jakob disease(CJD)やゲルストマン・ストロイスラー病やニューギニアのクールー (Kuru)や羊に感染するスクレピーや感染性ミンク脳症等が、アイルランドで羊に多発したビスナ、マエディ、ヤーグジークテ、リダと言う病気が普通のウイルス感染と異なり奇妙に遅く進行する事を指摘したSigurdssonの名付けたスローウイルス感染症の概念に相当していた。

1970年代より研究が進むに従い、スローウイルス感染症の中にはクールーやスクレピーの様にウイルスが検出されない物も出てきて、その本体がプリオンであることが分かってきた。感染という概念では収まりきれなくなり、伝達性という考え方が導入された。

 

クールーの伝達性の証明

クールー関係の研究内容が分かり易く記述しているので、山内一也・立石潤監修「スローウイルス感染とプリオン」近代出版の伝達性海綿状脳症、プリオン病の概念の章のp163-164「クールーの伝達性の証明」を以下引用する。

「クールーは東部ニューギニアの海抜1,000〜2,000mの山地に住むフォア族の間に流行した疾患で、kuruとはフォア語で“寒さや恐怖で震える”ことを意味する。人口35,000〜40,000人の部族に、1957年当時は年間200人以上のクールーによる死亡例が確認された。クールーの全経過は1年以内であることから、年間の発病率、有病率は全人口の約1%に達したものと思われる。当時、病因として中毒や栄養障害説があげられたが、儀式的食人の風習との関連が疑われ、その風習の廃止により、60年前後よりクールーの発生は減少に向かった。クールー患者ではPrP遺伝子のコドン129番がバリン型であるものが多いといわれ、フォア族の遺伝素因が感染の背景にあった可能性が残る。

 流行の最盛時には、成人女子と小児の発病者が多く、成人男子の発病が少ないが、これは成人男子は食人の儀式に加わらず、死者の脳を食べることも少なかったためといわれる。この風習の廃止後、先ず小児、ついで青年の発病者が減少し、約15年間でクールー患者は激減したが、20年以上を経て流行地以外に移住したのちに発病した者もあり、潜伏期間が20年以上に及ぶことを示唆した。一方、最も若年者の発病は4歳といわれ、これが最短潜伏期間に近いと思われる。

クールーの臨床症状はかなり均一で、著明な震えと運動性失調を主とした小脳症状が中心で、CJDのような痴呆はみられず、3〜9カ月の間に死亡した。クールーの病変は神経細胞の変性、脱落、星状膠細胞およびミクログリアのびまん性増殖が、小脳、橋核、視床、基底核を中心に認められ、軽度の髄鞘脱落、血管壁の肥厚、血管周囲の少数のリンパ球浸潤なども記載されている。さらに老人斑に似たアミロイド斑が半数以上の症例で認められた。この斑は老人斑に似るが、小脳を主とした出現部位と周囲の嗜銀性繊維がすくない点で異なりクールー斑と呼ばれるようになった。当時、この病理所見からは遺伝子性代謝障害ないし変性過程が考えられるとしながらも、感染、中毒、栄養障害などの外因も否定できないといわれた。

すでに述べたように、Hadlowはクールーとスクレイピーの病変の類似性を1959年に指摘した。これに先行するスクレイピーの伝播成績からも、Gajdusekらのクールーのチンパンジーへの接種実験は合理的な計画であった。Gajdusekらは1963年から64年にかけて、3名のクールー患者脳乳剤をチンパンジーの脳内に接種した結果、おのおの18、20、21カ月後に発症をみた。のちにチンパンジーに継代接種すると、2代目以降は10〜12カ月で発症し、いずれも海綿状脳症を呈した。彼らはほかの変性疾患としてパーキンソン病、グァム島のパーキンソンー痴呆症候群、グァム筋萎縮性側索硬化症(ALS)、その他の疾患脳も同様にチンパンジーに接種したが、これらは発病しなかった。しかし、1966年末に、1例の孤発性 患者の生検脳乳剤を脳内接種したチンパンジーが13カ月後に発病し、海綿状某病変を呈したことがGibbsらにより報告された。ここにクールーとCJDの伝達性が始めて立証され、とくに変性型の痴呆性疾患と思われていたCJDが遅発性感染症であったことは従来の変性症や感染症の概念を変えるものとしてわれわれに衝撃を与えたのである。」

プリオン病の特徴として種を越えて伝達する点にある。

 

プリオン病とはどんな病気か?

日本獣医学会のホームページで山内一也先生の連続講座「人獣共通感染症」にBSEその他に関する記事が129回に渡って掲載されている。この中の第122回 プリオン病とはどんな病気か?を一部紹介する。長文なため一部しか転載できないが、興味のある方はhttp://wwwsoc.nii.ac.jp/jsvs/prion.htmlをごらん頂きたい。

牛乳の安全性などに関しても言及されており、非常に科学的な観点から論じておられる。

「今日プリオン病とされているものも、ウイルス感染症の一つと考えられていた。しかし、すぐ後で述べるように、プリオン病の病原体は外から侵入する微生物ではなく、身体の中に産生される蛋白質が異常化したものという、まったく新しい概念で現在ではとらえられている。

代表的なプリオン病として、狂牛病(BSE)(脚注:狂牛病はヨーロッパのマスコミがつけた名称mad cow diseaseの和訳であって、正式にはウシ海綿状脳症((bovine spongiform encephalopathy: BSE))である。)と人のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)がある。これらは発病すれば確実に死にいたる。しかも、病原体の本体をはじめとして、科学的に不確実な側面が多い。これがBSEをめぐる大きな社会不安にもつながっているといえる。科学的視点で問題の本質を理解することが必要である。

 

プリオン病の種類と病原体

 

プリオン(脚注:prion: proteinaceous infectious particle、感染性蛋白粒子。この略語ではproinになり、語呂が悪いため、oとiの順番が逆にされた。)はウイルス、細菌と同様に病原体の種類を示す名前として提唱されたもので、それによりおこる病気がプリオン病とよばれている。 

プリオン蛋白質(PrP)はヒトでは第20番染色体に存在するPrP遺伝子が産生する。これは正常プリオン蛋白質PrPCとよばれ、多くの種類の組織、とくに脳には多量に存在している。一方、プリオン病の動物の脳の中には異常プリオン蛋白質PrPScが存在している。(脚注:PrPC: cellular prion protein、PrPSc: scrapie-type prion protein)これはPrPCの立体構造が変わったものとされる。プリオン説ではこのPrPScが病原体とみなされており、核酸は含まれていないと考えられている。つまりプリオンの構成成分は、正常な蛋白質の構造が変化して異常となった蛋白質ということになる。

ウイルスなどの微生物は感染した動物の体内で自己増殖する。プリオン説では、PrPScが身体の中に入るとPrPCをPrPScに変えるために、PrPSc が増えてくるものと説明されている。現象だけを見ると、これは感染した病原体が増殖することと同等といえる。(脚注:蛋白質を病原体の本体とするプリオン説の考えを支持する状況証拠が多く蓄積してきている。そのひとつとして、PrP遺伝子が破壊されたノックアウトマウスは、つまりPrPCを持っていないマウスにスクレイピーを接種してもまったく発病しないという事実がある。しかし、決定的証明はまだ得られていない。)

 プリオン病の病原体の本体には、蛋白質以外にウイルスも含まれるという少数の反対意見がいまだにあるが、その考えを支持する証拠は皆無である。ともかく、蛋白質原因説に異論を唱えている人たちも、伝達性海綿状脳症の発病にプリオン蛋白質が深くかかわっている点については、現在は反対していない。

伝達性海綿状脳症(脚注:「実験的に動物に病気を伝達させることができ、その病変は脳に限られていて、スポンジ状の空胞の出現を特徴とする脳の病気」を意味する。日本脳炎ウイルスなどが脳で増殖すると、異物であるウイルスを排除するためにリンパ球が浸潤して炎症、すなわち脳炎をおこす。脳症とは、この炎症が見られない脳の病気を意味する。)という名称はプリオン病の別名で、古くから用いられてきたものである。現在では、プリオン病と伝達性海綿状脳症は同義語として用いられている。ただし、プリオン説に批判的な立場をとる人は伝達性海綿状脳症のみを用いている。(脚注:官庁用語では伝染性海綿状脳症となっている。これは、BSEを家畜伝染病予防法に取り入れる際に、伝達性という新しい用語が行政官の間で受け入れられなかったためである。伝染病は本来、人から人、または動物から動物へと急速に広がって社会的に問題になる感染症のことであって、この名称は誤解を招くものである。)

プリオン病の種類を表1に示した。ヒトで見いだされるプリオン病のほとんどはクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)である。これには3つのタイプがあり、85%ぐらいが孤発性、15%ぐらいが家族性、1%以下が医原性である。

孤発性CJDは、全世界でほぼ100万人に一人という頻度でおこり50ム60歳前後に多い。発病の原因はまったくわかっていない。家族性CJDはプリオン遺伝子に遺伝的変異のある家系でおこる。一方、医原性CJDは医療行為(CJD患者に由来する硬膜や角膜の移植など)により感染するものである。

ヒトのプリオン病のリストに、変異型CJD(v-CJD)が1996年から加わった。名称にCJDが用いられているが、原因はBSE病原体と考えられるため、CJDとはまったく別の病気とみなされる。ヒト海綿状脳症とよぶべきだとの意見もある。

動物のプリオン病としてはスクレイピーが1700年代初めから知られていた。一方、BSEに汚染したペットフードや餌が原因とされる病気が、ネコ、動物園のウシ科動物でも見られている。

このほか1980年代に、米国コロラド州とワイオミング州のヘラジカとミュールジカに慢性消耗性疾患と名付けられた新しい病気がみつかり、これもプリオン病だと判明した。現在ではカナダでも見いだされている。これはスクレイピーやBSEとは別のものであり、原因は不明である。

人へのBSE感染を防止する安全対策  

感染性の程度は臓器により異なる。感染性によって臓器を分類した表が、世界保健機関により作成された。これをさらにEU医薬品審査庁が修正したものが広く利用されている(表)。これは現実には、スクレイピーを発病したヒツジとヤギの成績がもとになっている。BSEを発病したウシと実験感染させたウシのいずれかでこれまでに感染性が見いだされた部位は、脳、脊髄、眼、回腸、末梢神経、骨髄である。

 食肉の安全対策として、英国では1989年以来、生後6ヶ月齢以上のウシについて脳、脊髄、胸腺、扁桃、腸を特定臓器(SBO)として、食用から除外する処置、さらに1996年以来、30ヶ月齢以上のウシの食用禁止のふたつが実施されている。

EUでは1997年以来、12ヶ月齢以上のウシの脳、脊髄などを特定危険部位(SRM)として食用から除く処置がとられている。BSE発生がふたたび問題となってきた2001年からは、30ヶ月齢以上のウシについては、PrPScが陰性であることが確かめられたウシだけを食用にまわす対策が実施されている。(脚注:SBO: specified bovine offals, SRM: specified risk material。両者は内容的には同じであるが、最近は特定危険部位の表現のほうが国際的に広く用いられるようになっている。)具体的には、と畜場で脳のサンプルを取り、指定された検査機関が前述のプリオン検査キットで試験して24時間以内に結果を報告するシステムになっている。

一方、日本では、表のカテゴリー1,2の組織(脚注:脳、脊髄、眼、腸、扁桃、リンパ節、脾臓、松果体、胎盤、硬膜、脳脊髄液、下垂体、胸腺、副腎)を医薬品、化粧品の原料として用いることが2000年12月に禁止された。これは理論的危険性にもとづいた予防措置である。

 

潜伏期中のv-CJD患者と公衆衛生上の問題

 

これまでに孤発性CJDでは、血液や血液製剤を介して病気が伝播されたとの報告は皆無である。

ところが、v-CJDでは、その発病の8ヶ月前にたまたま虫垂摘出手術を受けた患者の虫垂にPrPScが検出されたことがきっかけで、潜伏期中の患者の血液の安全性が問題になってきた8)。虫垂はリンパ組織であるため、白血球にプリオンが付着して血液汚染を引き起こす理論的危険性が問題になったのである。

そこで、潜伏期中のv-CJD患者が多数存在するかもしれない英国では、血液製剤の原料はBSE発生のない国から輸入し、輸血用の血液はフィルターで白血球を除去するという対策がとられることになった。

1999年暮れに、米国や日本では、1980年から1996年まで英国に通算6ヶ月間以上滞在した人の献血を拒否する対策が実施された。この対策は2001年3月に広げられ、1980年以降、英国、フランス、ドイツ、アイルランド、スイス、ポルトガル、スペインに通算6ヶ月以上滞在した人を対象とすることになった。6月にはさらに、これらの人からの臓器提供も拒否することが決定された。

BSEに由来する公衆衛生面上での危険要因は、BSEウシとv-CJD患者の2つに分けられる。現在ヨーロッパで問題になっているBSEウシは、1996年以前に汚染餌から感染したものと考えられている。つまり、感染は5年以上前におきてしまっていることになる。対策として肝要な点は、BSEのウシの監視システムを確立してこれらのウシが食用にまわらないようにすること、また、家畜への肉骨粉の使用の禁止を徹底し、発病したウシから健康なウシへ感染が広がらないようにすることである。

国際的には、国際獣疫事務局(OIE)(脚注:別名、世界動物保健機関とよばれる家畜伝染病の国際的監視組織で、現在157カ国が加盟している。)が、家畜の国際貿易のための国際動物衛生規約に、BSE清浄化に関する判断基準を定めている9)。その基本は、BSE発生に関するリスク評価、BSEの強制的届け出体制、BSEの監視・病理検査体制を確立し、肉骨粉の使用を禁止することである。2001年5月には、これとほぼ同様の内容のBSE発生の予防、制圧のための方針がEUで正式に承認された。これらが確実に実施されることでBSEの発生が防止され、さらにBSEが人へ感染する危険性がなくなるものと期待される。 

一方、v-CJDについては、潜伏期患者への対策が緊急の課題である。理論的危険性にもとづいた予防措置として、血液からの感染防止対策はすでにとられている。今後の重要な課題は、生前診断法と発病阻止のための治療法の開発である。

EU医薬品審査庁による臓器分類(スクレイピー感染ヒツジの成績)表

 

カテゴリー1(高度感染性) 脳*、脊髄*、眼*

カテゴリー2(中等度感染性) 回腸*、リンパ節、近位結腸(頭に近い部分)

              脾臓、扁桃、硬膜、松果体、胎盤

              脳脊髄液、下垂体、副腎

カテゴリー3(低感染性)  遠位結腸(尾に近い部分)、鼻粘膜、末梢神経*

             骨髄*、肝臓、肺、膵臓、胸腺

カテゴリー4(検出可能な感染性なし) 

凝血、糞便、心臓、腎臓、乳腺、乳汁、卵巣、唾液、唾液腺、精嚢、血清、骨格筋

睾丸、甲状腺、子宮、胎児組織、胆汁、骨、軟骨組織、結合組織、毛、皮膚、尿

*BSEウシで感染性が検出された臓器

 

今までの英国に於ける発生患者の累計は

vCJD診断確定患者(definite)89例

vCJD疑似患者(probable:神経病理学的確認なし)18例

vCJD疑似患者(probable:神経病理学的確認保留中)4例

確定あるいは疑似CJDの死者数: 111例

生存中のvCJD患者(probable)10例

生存者を含む確定あるいは疑似CJDの合計:121例 となっている。

 

まとめ

種を越えて伝達する点でプリオン病は未知なる要素を含んでいるが、それでも同種間での伝達実験と異種間では伝達に関して大きな差があり、無闇に不安がることはない様である。

ただ、行政の対応が後手後手に回り、国民に不安を煽ってしまった事でパニックを引き起こしてしまっている。

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