モラル・ハラスメントについて はじめに ハラスメントで直ぐ思いつくのはセクシャル・ハラスメントである。 実は、最近解雇した女性から、セクシャル・ハラスメントが医師会の事務局で行われたということで、労働局に訴えた。 雇用均等室から呼び出しがあり、事情聴取をされた。 この件に関しては、直ぐさま自称被害者と容疑者の両者より事情聴取を始め、この件の全貌を明らかにして、事実が存在したか否かを検討した事を話した。 また、この件に関しモラル委員会(委員にはプライバシーを守れて、女性の相談に乗れる女性委員も構成員としてお願いしておく必要があるのは言うまでもない。)に資料を提出して判断を仰いだ。 結果被害者と称される当事者から再三の請求にも拘わらず関連文書の提出が無く、訴えているような事実が確認出来なかった。 入所当初から、事務長や役員など多くの人に不満があり、理事を始め市役所や会計事務所、労働監督署、労働基準局など様々なところに不満を延々と訴えていたことが明らかとなった。 パラノイア傾向のある人のように見受けられたという判断が下され、モラル委員会としては事実無根であるという結論が出された。 一旦役所に訴えられると、その項目に対する指導が行われる。事業所はセクシャル・ハラスメントに対する専用の対策室なり、委員を置くようにということであった。 この問題の難しいところはご存じのように具体的な証拠も証言も得難いと言うこと、被害者からの一方的な訴えがクローズアップされて、容疑者の言い分が通りにくいと言うこと、無実であるという事を証明するのが加害者に義務づけられている点から、冤罪事件であっても救済し難いという側面がある。 またパラノイアの訴えとなると被害者が実は加害者だったという複雑な様相となり、混迷を深めるばかりである。 痴漢に間違われた人が冤罪を晴らすのに相当長期の時間を費やし、職を失い、家族の支えで、漸く冤罪を晴らしたという新聞報道があったが、他人事ながら大変なことであると考える。 因みに今回訴えられた人の年齢は70歳を超えている。 もう年寄りだからそんなことに巻き込まれる恐れはないと安心してはいられない。 こんな折、フランスの精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌが書いた「モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする」という本に出会った。 1998年に「モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない」という本で、モラル・ハラスメントという用語が定着して、問題点が明らかになったという画期的な本であるという。 幼児虐待、セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、ドクター・ハラスメント、という概念はモラル・ハラスメントから出発して幼児虐待はその生命存続に拘わってくる恐ろしい問題である。 しかも医師という職業は虐待の被害者を直に診る立場にあるが、通報義務を果たしているケースが少ないと言われている。 モラル・ハラスメントに関しても、産業医として、被害者を救える立場にある訳だが、日本ではまだまだ十分に機能していないのが現状ではなかろうか?
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インターネットのヤフー検索でハラスメントを検索するとハラスメント関係のページが27、000件あり、幼児虐待は22、700件、老人虐待1、130件、セクシャル・ハラスメントは4、620件、ドクター・ハラスメント700件、パワー・ハラスメントは1、680件、モラル・ハラスメントは1、500件、アカデミック・ハラスメントは918件であった。 総数が合わないのは、ベースには広義のモラル・ハラスメントが内在しているため、問題として相互に入り組んでいるためと思われるが、これは相当な数である。 ハラスメントをただ嫌がらせといった軽い意味では既に無くなってきているし、精神的な暴力による虐待と考えなければならない状況にあるようである。 そこで、上記2書を参考としてハラスメントに関する内容を簡単にご紹介したい。訳者まえがきから抜粋すると、 「モラル・ハラスメントとは何か? モラル・ハラスメントの中には、〈家庭におけるモラル・ハラスメント〉と〈職場におけるモラル・ハラスメント〉の二つがある。家庭におけるモラル・ハラスメントというのは、〈自己愛的な変質者による純然たるモラル・ハラスメント〉で、職場におけるモラル・ハラスメントは、その〈純然たるモラル・ハラスメント〉も含みながら、もう少し広い範囲でふるわれる精神的な暴力である。 〈純然たるモラル・ハラスメント〉とは何か? これは自己愛が〈変質的なあるいは倒錯的な〉段階にまで達した加害者が、最初から人を傷つける目的で(ただし、本人は意識しているかどうかは判らないが、この人々は何があっても人を傷つけずにはいられない人々なのである)、配偶者や子供にいやがらせを行うという物である。 この場合、加害者のタイプははっきりしていて、標的に選ばれる被害者のタイプもはっきりしている(メランコリー親和型のタイプ。真面目で頑張り屋のいわゆるいい人)。 家庭においても、その職場においても、モラル・ハラスメントの基本はここにあると言ってよい。 特に家庭においてはこのタイプのモラル・ハラスメントが主流である。 そのやり方は、猫がネズミをいたぶるようで、一見とるに足りない小さな嫌がらせの積み重ねによって、被害者は精神的に追いつめられ、心身症や鬱病になったり、場合によっては自殺にまで追い込まれることがある。 一方、職場においては、そこが〈働く場であること〉、〈複数の人間がいること〉などによって、〈自己愛的な変質者〉が本性をむき出しにすることは家庭に比べると少ない。 しかし、〈自己愛的な変質者〉は〈会社の利益のため〉という口実のもとに、人をいたぶる機会があったら、それを逃さない。また、〈変質的な〉システムを利用して、他の人にモラル・ハラスメントを行わせるということもする。 したがって、職場においても、〈自己愛的変質者〉の脅威は、決して過小評価してはならない。 この〈純然たるモラル・ハラスメント〉に加えて、職場の場合、人間関係の齟齬や労働条件の不備、そしてシステムの〈変質性〉が原因でおこるモラル・ハラスメントがある。 しかし、この場合は、心理的なタイプとして特定出来る加害者や被害者のタイプはない。すなわち、誰もが被害者になり、又加害者になる可能性がある。 その一方で、たとえ原因はどうであれ、実際に行われるモラル・ハラスメントのやりかたや、被害者の心身に与える打撃の大きさは、〈純然たるモラル・ハラスメント〉と変わらない。 被害者は大きなダメージを受け、孤独と絶望の中に放り込まれる。 もうひとつ、職場におけるモラル・ハラスメントのタイプには、横暴な上司などが職権を濫用して行うものがあって、いわゆるパワー・ハラスメントに当たるものである。 これは今まで述べたタイプとは少し違ってモラル・ハラスメントとは言えないような場合も多くある。しかし、それが行き過ぎれば、相手を傷つけたという〈変質的な〉意図のもとに行われていたとすれば、やはりモラル・ハラスメントの中に含まれる。 以上、おおざっぱに言って、職場のモラル・ハラスメントは〈純然たるモラル・ハラスメント〉、〈状況や関係によるモラル・ハラスメント〉〈職権濫用的なモラル・ハラスメント〉の三つに分けられる。しかし、どこからがモラル・ハラスメントで、どこまでがそうでないのかは判断に難しいところがある。」という。
本文には呼び名は異なるが、各国に見られるモラル・ハラスメントの実態が紹介されている。 モビング mobbing ドイツ出身の心理学者で、スウェーデンで産業医を務めたハインツ・レイマンは、1980年代に組織における〈精神的嫌がらせ〉に関して新しい概念を導入した。モビングである。 この言葉はもともと動物行動学者のコンラート・ローレンツが、〈侵入者を追い払うために動物が集団でとる攻撃的な行動〉を指すのに使ったものであるが、その後学校で子供達が別の子供達に示す敵意を指すのに用いられるようになった。 ハイネマンは1972年にモビング(子供の世界における集団暴力)についての最初の本を出版した。 モビングmobbing は英語のmob からきていて、このmobという言葉は動詞で使うと、「群がって襲う」の意味になり、名詞として使うと「群衆」や「暴徒」の意味になる。また英語では大文字でMobにすると、「マフィア」の意味になることも付け加えておこう。 さて、この言葉からする限り、モビングというのはどうやら〈集団で暴行を加える〉ということであるが、どんな種類の暴行であるかは限定されていない。 最近、イギリスで小児愛者のリストが新聞に公表され、そのリストに載った人たちが母親達の集団から暴行を受けるという事件があったが、その時にもこのmobと言う言葉が使われていた。 そしてこのmobとよばれる言葉のもとに母親たちがしたことは、家に押し寄せて、壁に罵り言葉を書いたり、石を投げつけて、その界隈に住めなくするということであった。 (その結果、ひとりが自殺し、また誤って小児愛者だと非難された人たちが母親達の暴行を取り締まるように警察に訴えた)。 では、この言葉を初めて〈職場における嫌がらせ〉の意味で使ったハインツ・レイマンは〈モビング〉をどう定義しているのか?レイマンによれば、それは〈職場において、同じ人に対して、頻繁にまた徹底的に繰り返される攻撃〉であり、その原因は〈仕事上の対立がうまく解消されなかったこと〉にある。 また、これは〈社会心理的なストレスが深刻な形で表れたもの〉であるという。 この概念は1990年代に入って、先ずは北欧諸国で、それからドイツ語を使う国々で、仕事上のストレスを研究する学者達の間に広まった。 そして、1993年、ハインツ・レイマンが、それまでの研究をもとに『モビング・・職場における嫌がらせ』という本を出版すると、その本は十以上の言語に翻訳され、モビングという言葉を世間に広めた。 ただし、フランスでは専門家を集めたのにとどまった。 ハインツ・レイマンはスウェーデンでモビングに関する統計調査を行い、それと同時にドイツ語圏の国々の研究者を育成することに努めた。 その統計調査によると、たとえば1990年の調査では、スウェーデンで働く給与所得者のうち、3.5%がモビングの被害にあっていて、またレイマンの推定によれば、自殺者のうち15%がモビングによるものだという。 こうした研究によって、スウェーデンでは、〈職場で受けた精神的な障害〉に対する認識が広まり、1994年にはついに〈モビング〉に関する政令までが発布された。 それによるとモビングはこう定義されている。《モビングという言葉で示されるのは次のような行為である。 すなわち、従業員に対して繰り返し行われる侮辱的な行為、見るからに悪質で、非難すべき行為、それによって職場における共同体からその従業員をはじきだしてしまうような行為である》。 この政令には被害者は手厚く看護されなければならない、という内容まで含まれていた。 だが、現実問題としては、被害者をケアする医療システムは出来上がっていなかった。そこでレイマンは専門の診療所を設立し、被害者が社会復帰を果たす手助けをした。 この診療所は他からの圧力がかかって結局は閉鎖されることになったが、レイマン自身はその後も活動を続け、1999年の一月になくなるまでモビングについての研究に専心した。 こうしたレイマンの努力の結果、北欧諸国(スウェーデン、デンマーク、フィンランド)、スイス、イタリア、ドイツでは、現在もなお〈モビング〉という言葉のもとに〈職場における嫌がらせ〉の研究が行われている。 そのうち、ドイツではフランクフルト大学のディーター・ツァブラ教授の研究、イタリアでは社会心理的なストレスとモビングについての関係を考察したエージェ教授の研究が有名である。 いずれにしろ、現在では、この〈モビング〉という言葉は、〈組織のなかで行われる集団的な暴力〉という意味で使われることが多い。 ということから、そのなかには、〈肉体的な暴力〉が含まれるここもある。
ブリングbullying 同じ様なことはイギリスにもあり、イギリスではこれをブリングと呼んできた。英語のbullyは動詞で使うと「弱いものいじめをする」、名詞で使うと「いじめっ子」の意味になる。 モビングと同じく、ブリングもまた〈職場における嫌がらせ〉を意味する言葉ではなかった。それはまず子供の世界の暴力を表すのに使われ、軍隊やスポーツの世界に広まっていった。そうして、家庭内で老人を虐待することに対して使われた後、当然のことながら、仕事の世界にも入ってきた。 これに関連して、イギリスの企業サー・ジョン・ハーヴェイ・ジョーンズ は、有名仁にブリング経験を訊くBBCのインタビューに答えて、こう語っている。 サー・ジョン・ハーヴェイ・ジョーンズの場合 「子供の頃はよくいじめられたね。花とか動物の好きなおとなしい子だったからね。いじめっ子たちにかかったら、ひとたまりもなかった。何時も自殺を考えていたよ。そう言えばどれほど絶望的な気分で苦しんでいたか、わかるだろう?まったく、あんなふうに人を辱めるのはよくないよ。嫌悪感しか感じない。だから、私の職場では絶対にそんな行為は許さない。それが企業のトップとしての私の責任だと思うよ」 さて、1992年にBBCの女性記者アンドレ・アダムス が、テレビで放映されたドキュメンタリー・シリーズの後を受けて、ブリングについての本を書くと、この問題は世間の注目を浴びることになった。 まず、国家機関であるスコットランド教育研究委員会がブリングについての調査を行い、この問題についての小冊子を配布した。次いで、ナショナル・チャイルド・プロテクトヘルプラインが、フランスで行われている〈いじめにあった子供のための電話相談室〉と同じ様なものを開設した。 そうしたことの結果、現在では軍や警察の内部にも、ブリングの被害者が助けを求めるための部署が設けられている。 では、どうしてブリングがこれほど問題になったか?それはこの行為の結果・・特に青少年の被害者にとって・・恐怖によってもたらされる心理的な影響が将来にわたって重大である、と考えられた為である。 それはさておき、仕事の世界にこの〈ブリング〉という言葉を導入したのはラザルス という研究者で、ラザルスは1984年に出版した本のなかで、社会心理的なストレスのひとつとして、ブリングを取り上げた。 以来、イギリスをはじめとする英連邦の国では〈職場における嫌がらせ〉を指すのに〈ブリング〉という言葉が使われるようになった。だが、同じ英連邦の国でも、カナダのフランス語を使う地域では〈心理的な嫌がらせ〉という言葉が用いられることが多い。 また、〈職場における暴力〉について報告した国際労働機関(ILO)のレポートのなかで、ヴィットリオ・ディ・マルティーノは、《ブリングは職場における嫌がらせであり、脅しである》書いている。 因みに、このレポートには次の様なことも書かれている。 《職場における暴力の概念は変化しつつあり、その意味で言うと、これからは精神的な暴力も肉体的な暴力と同じくらい重要なものとして考えなければならないし、暴力としては一見とるに足りないものでも、その結果が重大な影響を及ぼすものに着いては、注視していく必要がある》 さて、ここで私見を述べれば〈ブリング〉という言葉は〈モビング〉という言葉に比べて、意味する範囲が広いように思われる。 というのも、嘲笑や仲間外れの他に、そこにはモビング以上に性的な嫌がらせや肉体的な暴力が含まれているように見えるからだ。 また、組織における暴力というよりは、個人的な暴力だと言う気もする。 《モビングが集団で行われるのにたいして、ブリングは力のあるものによって行われる》 ハラスメント 〈モビング〉という言葉がアメリカに紹介されたのは、1990年、ハインツ・レイマンの論文が《ヴァイオレンス・アンド・ヴィクティム》誌に掲載されたのが最初である。 こういった研究はもっと以前からなされている。 〈ハラスメント〉とは、《相手を苦しめ、苛立たせ、挑発する目的で、執拗に繰り返される攻撃》である。 《この行為は被害者の健康に重大な影響を与える》 いじめ モラル・ハラスメントに似た現象は、日本にも昔からある。それは日本語で〈いじめ〉と呼ばれるものである。 〈モビング〉や〈ブリング〉と同じように〈いじめ〉もまた、主に学校における子供たちの暴力を指して使われる言葉である。 だが、仕事の世界でも、新入社員を教育したり、組織の秩序を乱すものを排除したりするのに、この〈いじめ〉の目的は個人をグループに同化させ、グループのやり方に従わせることにある。 《出る杭は打たれる》という日本のことわざは、まさにその事を表現しているのである。 日本の教育システムは、将来、一流大学、一流企業に入ることを目的に、できる子を選別する評価システムをとっている。そのため、小学生の間には通常、考えられる以上のライバル意識が植え付けられている・・これがまず一つ目の背景。 それから、子供を見守る立場にいる教師たちも、これまで長い間、〈いじめ〉は子供が大人になるために必要な通過儀礼だと考えていたため、下級生の時に上級生からいじめられていた子供が上級生になった時に下の子をいじめると言う形がむかしからできていた・・これが二つ目の背景。 そして、そのほかにもこういった幾つかの背景が重なって、1980年代から90年代にかけて、〈いじめ〉は社会問題に発展する程、大きな現象となった。 その結果、何人もの子供達が自殺し、また多くの子供達が学校に行かなくなったのである。いわゆる〈不登校〉は1995年の時点で、八万二千件にも及んだという。 また、〈いじめ〉は生徒同士の間で行われるだけではなく、言うことをきかせるために教師が生徒に対して行うこともあった。その反対に、特に1980年頃には、中学生が教師に暴行を加えることもあった。 こういった問題は、何か事件が起こると、マスコミに厳しく追及されるので、現在では学校側も十分注意するようになっている。 さて、このような日本の教育の現状が〈仕事の世界〉とも無縁であるはずがない。というのも、〈いじめ〉はまず何よりも、〈人間を社会的にコントロールする道具〉だからである。 日本出身のジャーナリスト、ケイコ・ヤマナカはいう。《〈いじめ〉という現象は、1972年頃、ちょうど日本経済が急成長を始めた時期に表れた。というのも、企業は若い社員に、個人主義を捨て、まわりから突出せず、とりわけ会社を批判しない、型にはまった組織人になることを要求したからである》。 すなわち、その規範に従わせたり、その規範から外れたものを罰する為に、〈いじめ〉が行われたという訳だ。これはまた更に、教育とも連動した。 というのも、経済成長を支えるのに適した人材が育つようにと、財界の人々が教育システムを再編するよう政府に要求したのである。 その結果、戦後二十年くらいたってから生まれた人々は、まず、学校で〈いじめ〉というプレッシャーのもとに、組織からはみでた罰をうけたり、あるいはみずから組織に合わせることに汲々としたりして、組織人として適合しているかどうか、選別されたのである。 ところが、1990年になって日本経済が衰退しはじめると、企業の方針が転換して、〈独創的なアイディアを思いつくことができること〉という新しい型の人材が求められるようになった。 また、経営のやり方も変わった。 終身雇用制は終わりを告げ、人員整理の時代が始まったのだ。 そこで、経営者に求められるのは、只利益をあげることだけである。そうなると、必然的に、日本的な〈いじめ〉もそれまでとは姿を変えるようになった。 たとえば、日本語で言う〈窓際族〉という名前のもとに、年取った社員や組織からはみ出た社員を飼い殺しにするやり方は、もはや生ぬるいと感じられるようになってきた。 そのかわりに、さまざまなプレッシャーをかけたり、もっと露骨な嫌がらせを行って、そう言った社員を会社から追い出すようになってきたのだ。 すなわち、〈組織に社員を適合させる〉為に用いられてきた〈いじめ〉は、もっと乱暴に〈組織から社員を追い出す〉為の〈モラル・ハラスメント〉に姿を変えたのである。これまで、日本には〈モラル・ハラスメント〉の現象にぴったり当てはまる言葉は存在しなかった。 だが、〈精神的な暴力〉を表すのに、最近ではマスコミなどを通じて、徐々にこの言葉が使われ始めている。 実際に起こった事件としては、ゲーム会社のセガが退職させようとした社員を窓もなく、電話もなく、外部との連絡が一切絶たれた部屋に閉じこめたことがあった。これは立派なモラル・ハラスメントである。
おわりに 身体的症状が表れてきたときは既に相当問題が深刻になってきており、精神科を訪れなければならない状態となっていることが多い。 ある超一流企業の会社員が受診したが、疲労感、不眠症ということであった。精神的な背景がありそうなので、尋ねてみると、以前の上司は良く話しを聞いて、関係も上手く行っていたが、今度の上司は不安神経症的な人物で、何かと個人的な嫌がらせを受けているという。 そう言う場合産業医に相談して見たら如何かと問うと、産業医は会社の立場に立つので、余り相談相手としてはふさわしくないという。 管理職なので組合に相談も出来ない。 以前の上司に相談に乗って貰っているとのことであった。言われ無き言いがかりを真面目に反省したり、自ら落ち度を探そうとしても、問題点が見えず、不安感にさいなまされて、自信や意欲を失い、 孤立して、抑鬱状態になり、ついには自殺に追い込まれてしまうケースもあるという。 よしんば自殺に追い込まれなくとも、意欲をなくした状態になるため、 その後の人生そのものをダメにしてしまう。これはその人にとっても社会にとっても大変大きな損失と言わざるを得ない。 日本人の多くは精神科の適応でも、90%は内科を受診するという。 コミニュケーションの不足してきた現在、こういう問題は益々深刻化して来るであろう。
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